中小企業が直面しやすい労務リスクとその予防策

中小企業では、人手不足や専任の労務担当者が不在という事情から、労務管理が後回しになりがちです。しかし、労働時間の管理不備や就業規則の未整備を放置すると、労基署の調査対象となったり、従業員とのトラブルに発展したりするリスクがあります。本記事では、中小企業が直面しやすい主要な労務リスク5つと、今日から実践できる予防策を解説します。

中小企業が直面する主要な労務リスク5選

中小企業の労務管理において、特に注意すべきリスクを5つ紹介します。これらは厚生労働省の調査でも違反指摘が多い項目です。

残業代未払い・労働時間管理の不備

労働時間の管理が不十分な中小企業は少なくありません。タイムカードや勤怠システムを導入せず、出勤簿への押印のみで管理しているケースや、管理職を名ばかり管理職として残業代を支払っていないケースなどが典型例です。厚生労働省の定期監督実施結果によると、労働時間に関する違反は全体の約3割を占めています。特に、始業・終業時刻の記録がない、残業時間の集計が不正確、36協定の届出をしていないといった問題が指摘されています。残業代未払いが発覚した場合、過去2年分(悪質な場合は3年分)の遡及払いを求められるリスクがあります。

就業規則の未整備・更新遅れ

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。しかし、10人未満だから不要と考えたり、作成後に法改正があっても更新していなかったりする企業が見受けられます。2020年4月施行のパワーハラスメント防止措置義務や、2023年4月からの月60時間超の残業割増率引上げなど、労働関連法は頻繁に改正されます。就業規則が法令に対応していない場合、労使トラブルの際に企業側が不利になる可能性があります。また、就業規則がない状態では、懲戒処分や解雇の根拠も曖昧になり、紛争リスクが高まります。

ハラスメント対策の未実施

パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、マタニティハラスメントなどの防止措置は、企業規模を問わず義務化されています。しかし、相談窓口を設置していない、就業規則にハラスメント禁止規定がない、従業員への周知や研修を実施していないといった企業も存在します。ハラスメント対策が不十分な場合、被害を受けた従業員が労働局に相談したり、民事訴訟を起こしたりするケースがあります。近年では、SNSでの告発により企業名が拡散され、レピュテーションリスク(評判の悪化)につながる事例も増えています。

雇用契約書・労働条件通知書の不備

労働基準法では、労働者を雇い入れる際に労働条件を書面で明示することが義務付けられています。しかし、口頭での説明のみで済ませたり、契約書に必要事項(賃金、労働時間、休日など)が記載されていなかったりするケースがあります。ある製造業の事例では、試用期間中の賃金を口頭で伝えただけで、後に従業員から正社員と同額の賃金を請求されたというトラブルが発生しました。労働条件の認識の齟齬は、退職時の有給休暇の買取や退職金の有無をめぐる紛争にも発展しやすく、書面での明示が重要です。

社会保険の未加入・加入漏れ

健康保険や厚生年金保険は、法人であれば従業員数に関わらず加入義務があります。また、一定の要件を満たすパート・アルバイトも加入対象です。しかし、社会保険料の負担を避けるために未加入のままにしていたり、加入要件を満たす従業員を見落としていたりする企業があります。年金事務所の調査で加入漏れが発覚した場合、最大2年分の保険料を遡及して徴収されることがあります。従業員30名の企業で10名の加入漏れがあった場合、数百万円単位の負担が発生することもあり、経営に大きな影響を及ぼすリスクがあります。

労務リスクを放置した場合の企業への影響

労務管理の不備を放置すると、企業にとって深刻な影響が生じる可能性があります。金銭的な負担だけでなく、企業の信用や採用活動にも影響します。

労基署の調査・是正勧告のリスク

労働基準監督署は、定期監督や申告監督(従業員からの通報)により、企業の労務管理状況を調査します。厚生労働省の統計によると、監督を実施した事業場の約7割で何らかの法令違反が指摘されています。違反内容によっては是正勧告書が交付され、改善報告書の提出を求められます。悪質なケースでは、労働基準法違反として書類送検されることもあり、企業名が公表されることもあります。違反が認められた場合、罰金や懲役などの刑事罰が科される可能性もあるため、早期の対策が重要です。

従業員からの訴訟・損害賠償請求

残業代未払いやハラスメント、不当解雇などをめぐり、従業員から訴訟を起こされるリスクがあります。特に残業代請求では、未払い分に加えて同額の付加金(労働基準法114条)が命じられることがあり、請求額が2倍になるケースもあります。ある飲食業の事例では、複数の従業員から残業代請求訴訟を起こされ、総額1,500万円の支払いを命じられました。訴訟対応には弁護士費用もかかり、経営者や担当者の時間的負担も大きくなります。和解で解決する場合でも、相応の金額を支払うことになります。

企業の信用失墜・採用難

労務トラブルがSNSや口コミサイトで拡散されると、企業のイメージが大きく損なわれます。特に求職者向けの口コミサイトでは、労働環境に関する評価が採用活動に直結します。ある小売業では、ハラスメント問題が匿名掲示板に投稿された結果、応募者数が激減し、人材確保に苦労したという事例があります。ブラック企業というレッテルが貼られてしまうと、優秀な人材の採用が困難になり、既存従業員の離職も増加する悪循環に陥る可能性があります。取引先や金融機関からの信用にも影響するため、労務コンプライアンスの徹底は企業の持続的成長に不可欠です。

今日から始められる労務リスク予防策

労務リスクを防ぐためには、日常的な管理体制の整備が重要です。中小企業でも導入しやすい実践的な対策を紹介します。

労働時間管理の徹底とシステム導入

労働時間の正確な把握は、労務管理の基本です。タイムカードやICカード、クラウド型の勤怠管理システムを導入し、始業・終業時刻を客観的に記録しましょう。エクセルでの自己申告制は改ざんのリスクがあるため推奨されません。クラウド勤怠システムは初期費用が安価で、従業員一人あたり月額300円程度から利用できるものもあります。また、残業時間の集計を自動化することで、36協定の上限チェックや割増賃金の計算ミスを防げます。管理職についても労働時間を把握し、長時間労働による健康リスクを管理することが重要です。

就業規則の整備と定期見直し

就業規則は、企業と従業員の間のルールブックです。法改正に対応した内容になっているか、社労士に定期的にチェックしてもらうことをおすすめします。最低でも年に1回は見直しを行い、労働基準法や育児介護休業法などの改正に対応しましょう。就業規則を変更した際は、従業員への周知を忘れずに行い、社内掲示や全従業員への配布などを実施します。また、10人未満の事業場でも、就業規則を作成しておくことで、労務トラブルの予防や迅速な解決につながります。

ハラスメント研修と相談窓口の設置

ハラスメント防止には、従業員への教育が不可欠です。年に1回程度、全従業員を対象とした研修を実施し、どのような言動がハラスメントに該当するのかを周知しましょう。管理職には別途、部下との適切なコミュニケーション方法や指導の仕方についての研修を行うことが効果的です。相談窓口については、社内に設置しにくい場合は、外部の専門機関に委託することも可能です。弁護士や社労士、民間のハラスメント相談サービスなどを活用することで、従業員が相談しやすい環境を整えることができます。

社労士に相談すべきタイミングと選び方

労務管理に不安を感じたら、早めに専門家に相談することが重要です。社労士は労務の専門家として、企業の実情に合わせたアドバイスを提供します。

相談すべき3つの危険信号

以下のような状況が発生した場合は、速やかに社労士に相談することをおすすめします。

  • 労基署から調査の連絡があった:突然の調査通知や是正勧告を受けた場合、適切な対応が必要です
  • 従業員から残業代請求や相談があった:個別の問題が集団訴訟に発展する前に、適切な対処が求められます
  • 法改正への対応方法がわからない:働き方改革関連法など、頻繁な法改正に自社で対応しきれない場合

これらの兆候を見逃さず、早期に専門家の助言を得ることで、問題の深刻化を防ぐことができます。

中小企業に強い社労士の見極め方

社労士を選ぶ際は、以下のポイントを確認しましょう。

  • 中小企業の顧問実績が豊富:同規模の企業の支援経験があると、実情に合ったアドバイスが期待できます
  • 対応範囲が広い:就業規則作成だけでなく、給与計算、助成金申請、労務相談など幅広く対応できるか
  • レスポンスが早い:急ぎの相談にも迅速に対応してくれるかどうかは重要なポイントです
  • 料金体系が明確:顧問料や個別業務の費用が事前に明示されているか確認しましょう

初回相談を無料で行っている事務所も多いので、複数の社労士と面談してから決めることをおすすめします。

まとめ

中小企業が直面しやすい労務リスクとして、残業代未払い、就業規則の不備、ハラスメント対策の未実施、雇用契約書の不備、社会保険の加入漏れの5つを解説しました。これらを放置すると、労基署の調査、従業員からの訴訟、企業の信用失墜といった深刻な影響が生じる可能性があります。

労務リスクの予防には、労働時間管理の徹底、就業規則の定期見直し、ハラスメント研修の実施が有効です。自社の労務管理に不安がある場合や、労基署からの連絡があった場合は、早めに社労士などの専門家に相談することをおすすめします。

労務に関するご相談はSalt社会保険労務士法人までお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。

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