労務監査で指摘されやすい事項と改善策

労働基準監督署による調査や労務監査と聞くと、不安を感じる経営者の方は多いのではないでしょうか。厚生労働省の「労働基準監督年報」によると、定期監督を実施した事業場のうち約7割で何らかの法令違反が指摘されています。しかし、指摘される事項の多くは共通しており、事前に対策を講じることで労務リスクを大幅に軽減できます。この記事では、労務監査で指摘されやすい5つの重点項目と、具体的な改善策について解説します。

労務監査で指摘されやすい5つの重点項目

労務監査では、企業規模を問わず共通して指摘される項目があります。ここでは特に指摘される可能性が高い5つの重点項目について、具体的な問題点と法的根拠を解説します。

労働時間管理・残業代計算の不備

労働時間管理の不備は、労務監査で最も指摘される可能性が高い項目です。厚生労働省の統計では、定期監督における法令違反の約3割が労働時間関係によるものとされています。

具体的な問題点として以下が挙げられます。

  • タイムカードの打刻時刻と実際の労働時間が異なる
  • 自己申告制による労働時間管理で客観的記録がない
  • 固定残業代制度で実際の残業時間との差額が支払われていない
  • 管理監督者の範囲を誤って解釈し、残業代を支払っていない

当事務所の顧問先である製造業A社(従業員30名)では、自己申告制の労働時間管理を行っていましたが、労基署の調査で客観的記録の不足を指摘されました。ICカード式の勤怠管理システムを導入し、入退室記録と労働時間を連動させることで、この問題を解決した事例があります。さらに、固定残業代の運用について就業規則を見直し、実際の残業時間との差額計算ルールを明確化することで、法令遵守と従業員の納得感の両立を実現しました。

就業規則の未整備・周知不足

労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場において就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。しかし、中小企業では以下のような問題が見られることがあります。

  • 従業員が10人を超えたが就業規則を作成していない
  • 作成はしているが労基署への届出をしていない
  • 法改正に対応した変更をしていない
  • 従業員に周知されておらず、内容を知らない社員が多い

就業規則の変更時には、労働者の過半数代表から意見を聴取し、その意見書を添えて労基署に届け出る必要があります。この手続きを省略すると、就業規則そのものが無効と判断される可能性があるため注意が必要です。

また、就業規則は作成・届出だけでなく、従業員への周知が法的に求められています(労働基準法第106条)。社内の見やすい場所への掲示、イントラネットでの公開、各従業員への配布など、いずれかの方法で周知する必要があります。

年次有給休暇の管理不備

2019年4月から、年次有給休暇が10日以上付与される労働者に対して、年5日の有給休暇を取得させることが企業の義務となりました。これに違反すると、労働者1人につき30万円以下の罰金が科される可能性があります。

よく見られる問題点は以下の通りです。

  • 従業員ごとの有給休暇取得状況を把握していない
  • 年5日の取得義務を認識していない
  • 時季指定の方法が適切でない
  • 有給休暇管理簿を作成していない

特に、有給休暇管理簿の作成と3年間の保存は法的義務です。管理簿には、基準日、取得日数、付与日数などを記載する必要があります。

36協定の未締結・限度時間超過

時間外労働・休日労働をさせるには、労使間で36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)を締結し、労基署に届け出る必要があります。この協定なしに残業をさせると、労働基準法違反となります。

36協定に関する主な問題点は以下です。

  • 36協定を締結せずに残業をさせている
  • 過半数代表者の選出方法が不適切(使用者による指名など)
  • 時間外労働の上限(原則月45時間、年360時間)を超えている
  • 特別条項付き協定が必要なケースで締結していない

2019年の働き方改革関連法施行により、時間外労働の上限規制が強化されました。特別条項を設けても年720時間、複数月平均80時間、月100時間未満(休日労働含む)という上限があり、これを超えると罰則の対象となる可能性があります。

安全衛生管理体制の不備

労働安全衛生法に基づく健康診断や安全衛生管理体制の整備も、指摘されやすい項目の一つです。

主な問題点として以下が挙げられます。

  • 常時使用する労働者に対する定期健康診断を実施していない
  • 50人以上の事業場でストレスチェックを実施していない
  • 50人以上の事業場で産業医を選任していない
  • 健康診断結果に基づく医師の意見聴取をしていない

特に従業員が50人を超えた際の対応漏れが多く見られます。産業医の選任やストレスチェックの実施義務が発生するため、人員増加時には注意が必要です。

指摘事項への具体的な改善策

ここからは、前述の指摘されやすい項目に対して、実務で活用できる具体的な改善策を解説します。多くの企業で実施可能な対策を中心にご紹介します。

労働時間管理システムの導入

労働時間の適正な管理には、客観的な記録が不可欠です。厚生労働省のガイドラインでも、使用者が労働時間を客観的に把握することが明記されています。

効果的な改善策は以下の通りです。

  • ICカードやバーコード式の勤怠管理システムの導入
  • クラウド型勤怠管理ツールによる自動集計
  • 残業の事前申請制度の導入
  • 管理職による日次での労働時間チェック

当事務所が支援したサービス業B社(従業員25名)では、クラウド型勤怠管理システムを導入したことで、月末の労働時間集計作業が3日から半日に短縮されました。さらに、残業時間が月45時間に近づいた従業員に自動でアラートが出る機能により、上限規制への抵触を未然に防げるようになりました。初期費用は約20万円、月額利用料は従業員1人あたり300円程度と、費用対効果の高い投資となりました。

就業規則の見直しと従業員への周知

就業規則は一度作成したら終わりではなく、法改正や社内制度の変更に合わせて定期的に見直す必要があります。

見直しのポイントは以下です。

  • 最新の法改正(同一労働同一賃金、育児介護休業法など)への対応
  • 実態に合わない条文の修正
  • 曖昧な表現の明確化
  • 懲戒規定の適正化

就業規則の変更には、労働者の過半数代表から意見聴取をする必要があります。過半数代表の選出は、使用者の指名ではなく、民主的な方法(投票、挙手など)で行わなければなりません。意見聴取は「同意」ではなく「意見を聴く」ことが目的ですが、従業員の納得を得るためには丁寧な説明が重要です。

周知方法としては、以下のいずれかを実施します。

  1. 社内の見やすい場所(休憩室など)への常時掲示
  2. イントラネットやグループウェアでの公開
  3. 全従業員への書面配布

特にイントラネットでの公開は、改訂履歴も残せるため推奨されます。ただし、全従業員がアクセスできる環境の整備が前提となります。

年次有給休暇の計画的付与制度

年5日の有給休暇取得義務に対応するには、計画的付与制度の導入が効果的です。これは労使協定を締結することで、有給休暇のうち5日を超える部分について、会社が計画的に付与時季を指定できる制度です。

導入のメリットは以下です。

  • 年5日の取得義務を確実に達成できる
  • 業務の繁閑に合わせた取得調整が可能
  • 従業員が有給休暇を取りやすい雰囲気が生まれる

具体的な運用例としては、夏季休暇や年末年始に有給休暇を組み合わせる方法や、部署ごとに交代で有給休暇取得日を設定する方法があります。ただし、従業員が自由に取得できる日数(最低5日)は必ず残す必要があります。

また、年5日の時季指定義務を果たすため、取得日数が5日に満たない従業員には、使用者が時季を指定して取得させる必要があります。その際、従業員の意見を聴取し、できる限り希望に沿った日程を調整することが望ましいとされています。

36協定の適切な締結と管理

36協定を適切に運用するためのポイントは以下の通りです。

  • 過半数代表者を民主的な方法で選出する
  • 時間外労働の上限を適切に設定する(原則月45時間、年360時間)
  • 特別条項が必要な場合は、具体的な理由と上限を明記する
  • 毎年更新し、労基署に届け出る

過半数代表者の選出方法は特に重要です。使用者による指名や、親睦会の代表を自動的に選任することは認められません。投票や挙手による選出が必要で、その過程を記録に残すことが推奨されます。

特別条項付き協定を締結する場合でも、年間6回までという回数制限があります。また、特別条項を発動する場合は「臨時的な特別の事情」が必要で、単に「業務上の都合」といった曖昧な理由では認められない可能性があります。

最近では36協定の電子申請も可能になり、労基署に出向く手間が省けるようになりました。e-Govを活用することで、自宅や会社から24時間届出が可能です。

まとめ

労務監査で指摘されやすい事項は、企業規模を問わず共通しています。労働時間管理の適正化、就業規則の整備、有給休暇の適切な管理、36協定の適切な締結、安全衛生管理体制の構築という5つのポイントを押さえることで、労務リスクを大幅に軽減できます。

これらの対策は、労基署の調査対応という守りの面だけでなく、従業員の満足度向上や離職率の低下といった攻めの面でも効果を発揮します。法令遵守は企業の基盤であり、早期の対応が将来のトラブルを防ぐことにつながります。

自社の労務管理に不安がある場合は、専門家である社会保険労務士に相談することをお勧めします。Salt社会保険労務士法人では、労務監査の事前チェックから改善策の提案、就業規則の作成・見直しまで、企業の労務管理を総合的に支援しています。初回相談は無料で承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。

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