2024年の労働時間管理ガイドラインの改正により、中小企業における労働時間の把握方法がより厳格化されました。「うちの会社の管理方法で大丈夫だろうか」と不安を感じている経営者や人事担当者の方も多いのではないでしょうか。実は、労働時間の記録方法が不適切だと、労働基準監督署の調査で是正勧告を受けるリスクがあります。この記事では、最新ガイドラインの重要ポイントと、テレワークやフレックスタイム制を含めた具体的な対応方法をわかりやすく解説します。
労働時間管理ガイドラインとは?改正の背景と重要ポイント
労働時間管理ガイドラインは、厚生労働省が定める「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」のことです。このガイドラインは、労働基準法に基づき、使用者が労働者の労働時間を適正に把握する責務を明確化したものです。
ガイドライン改正の経緯と目的
労働時間管理ガイドラインは、2017年に策定され、働き方改革関連法の施行に伴い、その重要性が一層高まっています。改正の背景には、長時間労働による過労死や健康障害の問題、そして多様な働き方への対応という2つの大きな目的があります。
働き方改革関連法では、時間外労働の上限規制が法制化されました。この規制を実効性のあるものにするためには、労働時間の正確な把握が不可欠です。また、テレワークやフレックスタイム制といった柔軟な働き方が広がる中で、従来の出退勤管理だけでは対応しきれないケースが増えてきました。
当事務所での相談事例では、IT企業B社(従業員35名)が「テレワーク導入後、労働時間の把握方法がわからず不安」というご相談をいただきました。このように、働き方の多様化に伴い、労働時間管理の適正化が多くの企業にとって喫緊の課題となっています。
中小企業が特に注意すべき改正点
最新ガイドラインで中小企業が特に注意すべきポイントは、客観的記録による労働時間把握の義務化です。これまで自己申告制で管理していた企業も、原則として客観的な方法で労働時間を記録することが求められるようになりました。
具体的には、以下のような方法による記録が推奨されています。
- タイムカードやICカードによる打刻記録
- パソコンのログイン・ログオフ記録
- 事業場への入退場記録
特に注意が必要なのは、管理監督者や裁量労働制適用者についても、健康管理の観点から労働時間の把握が義務化された点です。「管理職だから労働時間管理は不要」という考え方は、もはや通用しません。この点については、後ほど詳しく解説します。
労働時間の適正な把握方法|2つの原則と実務対応
労働時間の適正な把握には、厚生労働省のガイドラインに基づいた原則があります。ここでは、実務で特に重要な2つの原則と具体的な対応方法を解説します。
客観的記録の具体的方法
労働時間の把握は、客観的で確認可能な方法で行うことが原則です。厚生労働省のガイドラインでは、以下の方法が客観的記録として認められています。
- タイムカード:従業員自身が出退勤時に打刻する方法。最も一般的で導入しやすい
- ICカード・生体認証:入退場ゲートと連動したシステム。不正打刻を防止できる
- PCログ記録:パソコンの起動・シャットダウン時刻を自動記録。テレワークにも対応可能
- 業務用システムのログイン記録:勤怠管理システムや社内システムへのアクセス記録
一方で、認められない方法もあります。例えば、上司の目視確認のみ、従業員からの口頭報告のみ、事後的なまとめ記入などは、客観性に欠けるため不適切とされています。
飲食店A社(従業員25名)の事例では、それまで店長が目視で確認して手書きのノートに記録していましたが、労基署の調査で客観的記録が不十分と指摘を受けました。その後、低コストで導入できるクラウド型の勤怠管理システムに切り替えることで、適正な労働時間管理を実現しています。
自己申告制が認められるケースと要件
原則として客観的記録が求められますが、やむを得ない場合に限り自己申告制も認められます。ただし、その場合でも厳格な要件があります。
自己申告制が認められるのは、以下のようなケースです。
- 事業場外労働で、労働時間を算定し難い場合
- 直行直帰が常態化している営業職など
自己申告制を採用する場合、使用者には以下の義務があります。
- 実態調査の実施:自己申告された労働時間と実際の労働時間に乖離がないか、定期的に確認する
- 補正措置:乖離が認められた場合は、速やかに補正し、適正な申告を行うよう指導する
- 適正申告の周知:労働者に対し、労働時間を正確に申告するよう十分に説明する
注意すべきは、「自己申告だから従業員の申告通りで問題ない」という考え方は通用しないということです。実態との乖離チェックを怠ると、労働時間管理が不適切と判断される可能性があります。
テレワーク・フレックス時の労働時間管理の注意点
働き方の多様化に伴い、テレワークやフレックスタイム制を導入する企業が増えています。しかし、これらの制度でも労働時間の適正な把握は不可欠です。ここでは、それぞれの制度における労働時間管理の注意点を解説します。
テレワーク時の始業・終業時刻の確認方法
テレワーク時の労働時間管理では、始業時と終業時の報告ルールを明確化することが重要です。厚生労働省のガイドラインでは、以下のような方法が推奨されています。
- メールやチャットツールでの始業・終業報告
- 勤怠管理システムへの打刻(スマートフォンアプリ等)
- PCログの自動記録と組み合わせた管理
特に注意が必要なのが、中抜け時間の扱い方です。テレワークでは、私用での外出や家事などで業務を中断することがあります。この中抜け時間について、就業規則等で明確なルールを定めておくことが大切です。
一般的な取り扱いとしては、以下の2パターンがあります。
- 休憩時間として扱う:事前または事後に申請させ、その時間を休憩時間として記録
- 時間単位の年次有給休暇として処理:1時間以上の中抜けの場合に選択可能
いずれの方法を採用する場合も、従業員への周知と、実際の労働時間との整合性確認が不可欠です。
フレックスタイム制導入時の記録義務
フレックスタイム制を導入している場合でも、労働時間の記録義務は免除されません。むしろ、始業・終業時刻が個人によって異なるため、より正確な記録が求められます。
フレックスタイム制における労働時間管理のポイントは以下の通りです。
- 清算期間内の総労働時間:1か月以内の清算期間における総労働時間を把握
- コアタイムの出勤確認:コアタイムを設定している場合、その時間帯の勤務状況を確認
- 日々の労働時間記録:清算期間の総労働時間だけでなく、日ごとの労働時間も記録
特に、コアタイムの考え方については誤解が多い点です。コアタイムは「その時間帯は働いていなければならない時間」ですが、コアタイムがあるからといって労働時間管理が不要になるわけではありません。フレキシブルタイムを含めた全体の労働時間を正確に把握する必要があります。
管理監督者・裁量労働制でも記録は必要?よくある誤解
「管理職には残業代を払わなくていいから、労働時間管理も不要」という誤解は、多くの企業で見られます。しかし、最新ガイドラインでは、管理監督者や裁量労働制適用者についても、労働時間の把握が義務化されています。
管理監督者の健康管理時間の把握義務
労働基準法第41条により、管理監督者には労働時間規制が適用されませんが、健康管理の観点から労働時間の把握は義務とされています。これは、2019年の働き方改革関連法により明確化されました。
管理監督者についても、以下の記録が必要です。
- 日々の出退勤時刻(始業・終業時刻)
- 深夜労働の有無と時間数
- 休日労働の有無
労働時間管理との違いは、時間外労働の上限規制や割増賃金の支払い義務は適用されないという点です。しかし、健康確保措置(医師の面接指導等)の対象となるため、労働時間の把握は不可欠です。
また、名ばかり管理職の問題も注意が必要です。「課長」という肩書きがあっても、実態として管理監督者の要件を満たしていない場合、労働基準法上の管理監督者とは認められません。
裁量労働制適用者の記録義務
専門業務型裁量労働制や企画業務型裁量労働制を適用している場合も、労働時間の記録義務があります。これは、多くの企業で誤解されている点です。
裁量労働制では、実際の労働時間にかかわらず、労使協定で定めた時間を労働したものとみなします。しかし、これは賃金計算上のみなしであって、実際の労働時間を把握しなくてよいという意味ではありません。
裁量労働制適用者についても、以下の記録が必要です。
- 実際の出退勤時刻と労働時間
- 深夜労働・休日労働の時間数
- 健康状態の確認記録
みなし時間と実労働時間に大きな乖離がある場合、裁量労働制の適用要件を満たしていない可能性もあります。定期的に実態を確認し、必要に応じて制度の見直しを行うことが重要です。
労働時間管理の違反事例と罰則|労基署調査での指摘ポイント
労働時間管理が不適切な場合、労働基準監督署の調査で是正勧告を受ける可能性があります。ここでは、よくある違反パターンと、違反時の影響について解説します。
よくある違反パターンと是正勧告事例
労働基準監督署の調査で指摘されやすい違反パターンは、以下の通りです。
- タイムカード改ざん:実際の退勤時刻より早い時刻で打刻させる、上司が代わりに打刻するなど
- サービス残業の常態化:定時で打刻させた後も業務を継続させている
- 客観的記録の不備:自己申告のみで実態確認を行っていない
- 持ち帰り残業の未カウント:自宅での業務時間を労働時間として記録していない
実際の是正勧告事例として、製造業C社(従業員40名)では、タイムカードの打刻後に残業を行わせていたことが発覚し、過去2年分の未払い残業代の支払いを命じられました。また、適正な労働時間管理体制の構築も指導されています。
社労士からのアドバイスとして、労働時間記録と実際の業務状況に乖離がないか、定期的に確認することが重要です。例えば、PCのログ記録とタイムカードの打刻時刻を照合するなど、複数の記録を組み合わせることで、より正確な把握が可能になります。
違反時の罰則と企業への影響
労働時間管理の違反に対しては、労働基準法に基づく罰則が適用される可能性があります。具体的には以下の通りです。
- 労働時間の記録義務違反:労働基準法第108条、第120条により、30万円以下の罰金
- 割増賃金の未払い:労働基準法第37条、第119条により、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金
しかし、罰則以上に深刻なのは、企業への信頼損失です。労働基準法違反で送検された場合、企業名が公表されることもあります。これにより、以下のような影響が考えられます。
- 採用活動への悪影響(求職者からの敬遠)
- 取引先からの信用低下
- 社員のモチベーション低下
- 助成金の受給制限
2023年には、大手企業の送検事例も報道されており、労働時間管理の重要性が改めて認識されています。企業規模にかかわらず、適正な労働時間管理は経営の基本と言えるでしょう。
まとめ
この記事では、労働時間管理ガイドラインの最新内容と、中小企業が押さえるべき実務対応について解説しました。重要なポイントは以下の3つです。
- 客観的記録による労働時間把握が原則:タイムカードやPCログなど、確認可能な方法で記録することが求められます
- テレワークやフレックスタイム制でも記録義務は変わらない:働き方が多様化しても、適正な労働時間把握は不可欠です
- 管理監督者や裁量労働制適用者も対象:健康管理の観点から、全ての労働者の労働時間把握が必要です
労働時間管理ガイドラインの遵守は、法令遵守の基本であり、従業員の健康確保にもつながります。自社の管理方法に不安がある場合や、テレワーク導入に伴う労働時間管理の見直しを検討している場合は、専門家である社労士への相談が有効です。Salt社会保険労務士法人では、労働時間管理に関する初回相談を無料で承っております。お気軽にお問い合わせください。
参考:厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html