固定残業代制度の注意点と導入時のポイント

固定残業代制度は適切に導入すれば人件費管理を効率化できる一方で、運用を誤ると未払い残業代として遡及請求されるリスクがあります。実際に、記載不備や管理不足により労働基準監督署から是正勧告を受けるケースは少なくありません。本記事では、中小企業が固定残業代を導入する前に知っておくべき法的要件と、実務上の注意点について解説します。

固定残業代制度とは?基本の仕組みと法的位置づけ

固定残業代(みなし残業代)とは、実際の残業時間にかかわらず、毎月一定額の残業代を支払う制度です。賃金計算の効率化や人件費の予測がしやすくなるメリットがある一方で、労働基準法上の要件を満たさなければ無効となる可能性があります。

固定残業代の定義と種類

固定残業代には大きく分けて2つの方式があります。

  • 基本給組込型:基本給の中に固定残業代が含まれている方式(例:基本給25万円のうち5万円が固定残業代)
  • 手当型:基本給とは別に「みなし残業手当」などの名称で支給する方式(例:基本給20万円+みなし残業手当5万円)

いずれの方式でも、通常の賃金部分と固定残業代部分を明確に区分することが求められます。単に「基本給に含まれている」と説明するだけでは、後述する有効要件を満たさない可能性が高いです。

法律上の有効要件3つ

厚生労働省の「しっかりマスター割増賃金編」や過去の判例では、固定残業代が有効と認められるために以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

  1. 通常賃金との明確な区分:基本給や諸手当と固定残業代を明確に区別できること
  2. 対象時間の明示:何時間分の残業代に相当するのかを具体的に示すこと
  3. 差額精算の実施:実際の残業時間が固定残業時間を超えた場合に、差額を追加で支払うこと

これらの要件を満たさない場合、固定残業代は無効とみなされ、全額が通常賃金として扱われます。その結果、残業代が未払いとなり、過去2年分(悪質な場合は3年分)の遡及請求を受けるリスクがあります。

固定残業代が違法になる5つのパターン

固定残業代制度を導入しているにもかかわらず、運用方法に問題があり違法状態となっているケースは珍しくありません。以下の5つのパターンに該当していないか確認してください。

就業規則・雇用契約書への記載不備

最も多いトラブルが、就業規則や雇用契約書への記載不備です。例えば、「基本給には一定時間分の残業代が含まれる」とだけ記載し、具体的な時間数や金額を明示していないケースです。

ある製造業の企業では、雇用契約書に「基本給30万円(残業代込み)」とのみ記載していたため、労働基準監督署の調査で是正勧告を受けました。労働者から見て何時間分の残業代なのかが判別できないため、固定残業代としての有効性が認められませんでした。

固定残業時間と金額の不明確さ

「業務手当」「職務手当」といった名称で支給しているものの、それが固定残業代であることや対象時間が不明確なケースも無効とされやすいです。

判例として知られるテックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日)では、「業務手当」が固定残業代に該当するかが争われました。裁判所は、通常賃金と割増賃金部分が明確に区分されていないことを理由に、固定残業代としての有効性を否定しました。

最低賃金を下回るケース

固定残業代を除いた基本給が最低賃金を下回っている場合、その賃金体系自体が違法となります。

例えば、月給20万円(うち固定残業代5万円)の場合、基本給部分は15万円です。所定労働時間が月160時間であれば、時給換算で937円となり、地域によっては最低賃金を下回る可能性があります。固定残業代制度の導入時には、基本給部分が最低賃金をクリアしているか必ず確認する必要があります。

実労働時間の把握・管理不足

固定残業代を支払っているからといって、実際の労働時間を管理しなくてよいわけではありません。タイムカードや勤怠管理システムによる正確な労働時間の把握は、労働基準法上の義務です。

労働時間を記録していない場合、固定残業時間を超えた分の差額精算ができないだけでなく、労働基準法第108条(賃金台帳の記載義務)違反にも該当します。

超過分の追加支払い未実施

固定残業時間を超えた場合に差額を追加で支払っていないケースは、明確な違法行為です。

例えば、固定残業代が30時間分で設定されているにもかかわらず、実際には45時間の残業をしていた場合、15時間分の割増賃金を別途支払う必要があります。これを怠ると、未払い残業代として労働者から請求される可能性があります。

導入時に準備すべき書類と規程整備

固定残業代制度を適法に導入するには、就業規則や雇用契約書への適切な記載が不可欠です。以下の2つの書類について、具体的な記載事項を確認しましょう。

就業規則への記載事項

就業規則には以下の3項目を明確に記載する必要があります。

  1. 固定残業時間:「月30時間分の時間外労働に対する割増賃金を含む」
  2. 固定残業代の金額:「固定残業手当として5万円を支給する」
  3. 超過時の取扱い:「30時間を超える時間外労働が発生した場合は、別途割増賃金を支給する」

これらを明記することで、労働者にとって固定残業代の内容が明確になり、トラブルを未然に防ぐことができます。

雇用契約書の記載例

雇用契約書にも同様の内容を記載します。以下は記載例です。

【記載例】
基本給:250,000円
固定残業手当:50,000円(月30時間分の時間外労働に対する割増賃金として支給)
※30時間を超える時間外労働が発生した場合は、労働基準法に基づき別途割増賃金を支給します。

このように具体的に記載することで、労働者との認識の齟齬を防ぎ、後々のトラブルを回避できます。

固定残業代制度の正しい運用方法

制度を導入した後も、適切な運用を継続することが重要です。以下の2つのポイントを押さえて運用しましょう。

毎月の実労働時間チェック

固定残業代制度を導入していても、毎月の実労働時間を正確に把握し、固定残業時間を超過した場合は差額を精算する必要があります。

具体的には、勤怠管理システムやタイムカードで記録された実労働時間をもとに、以下の手順で確認します。

  1. 月の残業時間を集計
  2. 固定残業時間(例:30時間)を超えているか確認
  3. 超過分(例:35時間-30時間=5時間)について、時間単価×1.25倍で割増賃金を計算
  4. 翌月の給与で差額を支給

この精算を怠ると、固定残業代制度そのものが無効とみなされるリスクがあります。

従業員への説明と同意取得

固定残業代制度を導入する際は、従業員に対して制度の内容を十分に説明し、理解と同意を得ることが重要です。

説明会を開催し、以下の点を明確に伝えましょう。

  • 固定残業代の金額と対象時間
  • 実際の残業時間が固定残業時間を超えた場合の取扱い
  • 固定残業時間に満たない場合でも減額されないこと

また、同意書を取得しておくことで、後のトラブル防止にもつながります。

まとめ

固定残業代制度は、法的要件を満たし、適切な労働時間管理と差額精算を徹底すれば、企業にとって有効な賃金制度となります。この記事で解説した重要なポイントは以下の3つです。

  • 有効要件の遵守:通常賃金との区分、対象時間の明示、差額精算の3要件を満たすこと
  • 書類の整備:就業規則と雇用契約書に具体的な時間数と金額を明記すること
  • 適切な運用:毎月の実労働時間を正確に把握し、超過分は必ず追加で支払うこと

固定残業代制度の導入や運用に不安がある場合は、社労士に就業規則や運用フローの確認を依頼することをお勧めします。労務に関するご相談はSalt社会保険労務士法人までお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。

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