給与計算の基礎:押さえておきたい法律知識

給与計算を初めて担当することになったものの、「法律的に正しく計算できているのか不安」「計算ミスで会社に迷惑をかけたくない」と感じている方は多いのではないでしょうか。給与計算は単なる数字の計算業務ではなく、労働基準法をはじめとする複数の法律に基づいて行う必要がある専門性の高い業務です。法令違反があれば労働基準監督署から是正指導を受けるリスクもあり、従業員との信頼関係にも影響します。この記事では、給与計算の担当者が押さえておくべき法律知識と実務のポイントを、初心者の方にもわかりやすく解説します。

給与計算で押さえるべき2つの法律

給与計算を適正に行うためには、関連する法律の基本ルールを理解しておくことが求められます。ここでは特に重要な2つの法律について解説します。

労働基準法の基本ルール

労働基準法は、労働条件の最低基準を定めた法律です。給与計算に関わる重要なルールとして、以下の点を押さえておきましょう。

法定労働時間の原則では、労働時間は1日8時間、週40時間を超えてはならないとされています(労働基準法第32条)。これを超える労働には割増賃金の支払いが必要です。

また、賃金支払いの5原則は給与計算の基本中の基本です。

  • 通貨払いの原則:現金または銀行振込で支払う
  • 直接払いの原則:従業員本人に直接支払う
  • 全額払いの原則:控除は法令で定められたもののみ
  • 毎月1回以上払いの原則:少なくとも月1回は支払う
  • 一定期日払いの原則:支払日を毎月一定の日に定める

これらの原則に違反すると、労働基準法第24条違反として罰則の対象となる可能性があります。特に全額払いの原則では、法定控除(社会保険料、税金など)と労使協定に基づく控除以外は認められていません。

最低賃金法と計算方法

最低賃金法は、従業員に支払うべき賃金の最低額を保障する法律です。最低賃金には都道府県ごとに定められた地域別最低賃金があり、毎年10月頃に改定されます。

最低賃金の確認は、厚生労働省のホームページや各都道府県労働局のサイトで行えます。例えば、2024年度の東京都の地域別最低賃金は時間額1,113円(架空の数字)となっています。

最低賃金は時間給で定められていますので、月給制の場合は以下の計算式で時間給に換算して確認します。

月給÷1か月の所定労働時間≧最低賃金額

最低賃金を下回る賃金を支払った場合、最低賃金法第4条違反として50万円以下の罰金が科される可能性があります。特に時給制やパートタイム労働者の給与計算では、最低賃金を下回っていないか定期的にチェックすることが重要です。

給与計算の基本的な流れと項目

給与計算は、支給項目の計算と控除項目の計算を正確に行い、差し引き支給額を算出する流れで進めます。それぞれの項目について詳しく見ていきましょう。

支給項目の種類と計算

支給項目とは、従業員に支払う賃金の内訳です。主な支給項目には以下のものがあります。

基本給は給与のベースとなる部分で、雇用形態によって計算方法が異なります。

  • 月給制:固定の月額給与(例:基本給250,000円)
  • 日給月給制:欠勤があれば日割り控除する(例:基本給250,000円÷所定労働日数20日×出勤日数18日=225,000円)
  • 時給制:実労働時間に時給を乗じる(例:時給1,200円×実労働時間160時間=192,000円)

諸手当には様々な種類があります。残業手当、通勤手当、役職手当、家族手当、住宅手当などが代表的です。通勤手当は一定額(月額15万円まで)が非課税となるため、所得税の計算では課税対象から除外します。

支給項目の合計額が総支給額となり、これが給与明細の支給額欄に記載されます。

控除項目と計算方法

控除項目には、法律で定められた法定控除と、労使協定などに基づく法定外控除があります。

法定控除には以下の4つがあります。

  • 健康保険料:標準報酬月額に保険料率を乗じて計算(労使折半)
  • 厚生年金保険料:標準報酬月額に保険料率を乗じて計算(労使折半)
  • 雇用保険料:総支給額に保険料率を乗じて計算(従業員負担分)
  • 所得税:課税対象額を源泉徴収税額表に当てはめて計算
  • 住民税:市区町村から通知された金額を控除

社会保険料の計算では、標準報酬月額という概念を使います。これは毎年1回(4月から6月の報酬の平均)決定され、大幅な変動がない限り1年間固定されます。

法定外控除には、社宅費、親睦会費、組合費などがあります。これらを控除するには、労使協定の締結が必要です(労働基準法第24条但し書き)。

総支給額から全ての控除項目を差し引いた金額が差引支給額(手取り額)となり、従業員の口座に振り込まれます。

残業代計算の正しい方法

残業代の計算は、給与計算の中でも特にミスが起きやすい部分です。法律で定められた割増率を正しく適用することが求められます。

時間外労働の割増率

労働基準法第37条では、法定労働時間を超える労働や休日労働、深夜労働に対して割増賃金の支払いを義務付けています。

時間外労働の割増率は以下の通りです。

  • 法定時間外労働(1日8時間または週40時間超):25%以上
  • 月60時間超の時間外労働:50%以上(中小企業は2023年4月から適用)
  • 法定休日労働:35%以上
  • 深夜労働(22時から翌5時):25%以上

これらは重複して適用されます。例えば、法定休日の深夜に労働した場合は、35%+25%=60%以上の割増率となります。

計算例を見てみましょう。基本給が月額250,000円、月の所定労働時間が160時間の従業員が、月に20時間の時間外労働を行った場合です。

  • 時間単価:250,000円÷160時間=1,562.5円
  • 時間外労働の単価:1,562.5円×1.25=1,953円
  • 時間外手当:1,953円×20時間=39,060円

注意点として、時間単価の計算には家族手当や通勤手当などの一部の手当は含めない場合があります(労働基準法施行規則第21条)。

よくある計算ミス

残業代計算でよくあるミスとして、固定残業代の運用があります。固定残業代とは、あらかじめ一定時間分の残業代を基本給や手当に含めて支給する制度です。

固定残業代を適正に運用するには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 固定残業代が何時間分の残業に対応するか明示する
  • 固定残業代部分と基本給部分を明確に区分する
  • 実際の残業時間が固定時間を超えた場合は差額を支払う

例えば、「基本給200,000円(固定残業代20時間分40,000円含む)」という場合、実際の残業が30時間であれば、追加で10時間分の残業代を支払う必要があります。

実際の相談事例として、ある製造業の会社では「営業手当」として月3万円を支給していましたが、これが固定残業代に該当するか曖昧な状態でした。労働基準監督署の調査で、営業手当が固定残業代として認められず、過去2年分の未払い残業代約180万円(架空の数字)の支払いを指導されたケースがありました。固定残業代を導入する場合は、就業規則や雇用契約書に明確に記載し、給与明細でも分かるようにすることが重要です。

給与計算でのよくあるトラブルと対策

給与計算では様々なトラブルが発生する可能性があります。代表的なケースと労基署調査で指摘されやすい点を確認しておきましょう。

計算ミスが起きやすいケース

欠勤控除の計算は、日給月給制の場合に特に注意が必要です。計算方法には複数のパターンがありますが、一般的には以下の式を使います。

欠勤控除額=基本給÷その月の所定労働日数×欠勤日数

例えば、基本給250,000円で所定労働日数が20日、欠勤が2日の場合、250,000円÷20日×2日=25,000円が控除額となります。

遅刻・早退の処理も同様に、時間単位で計算します。月給制の場合、時間単価を算出してから控除額を計算します。

月途中の入退社の場合は、日割り計算または時間割り計算を行います。社会保険料は入社日と退社日の関係で、1か月分控除するか控除しないかが変わるため注意が必要です。原則として、入社は入社した月から加入、退社は退社した月の前月まで加入となります。

労基署調査で指摘される点

労働基準監督署の調査では、給与計算に関して以下の点がよく指摘されます。

賃金台帳の保管義務は労働基準法第108条で定められており、3年間の保管が義務付けられています。賃金台帳には以下の事項を記載する必要があります。

  • 労働者の氏名
  • 性別
  • 賃金計算期間
  • 労働日数
  • 労働時間数
  • 時間外労働時間数
  • 深夜労働時間数
  • 休日労働時間数
  • 基本給、手当などの種類と額
  • 控除項目と額

未払い残業代のリスクも重要な確認ポイントです。タイムカードやパソコンのログなどで労働時間を適切に把握し、それに基づいた残業代を支払っているか確認されます。未払いがあった場合、最長2年分(場合によっては3年分)の遡及払いを求められることがあります。

また、管理監督者として残業代を支払っていない従業員が、実態として管理監督者の要件を満たしているかも確認されます。肩書きだけで判断せず、実際の職務内容や権限、勤務態様などを総合的に判断する必要があります。

まとめ

給与計算は労働基準法や最低賃金法などの法律知識が不可欠な業務であり、計算ミスは従業員との信頼関係や会社の信用に直結します。この記事でお伝えした重要なポイントは以下の3点です。

  • 法律の基本ルールを理解する:労働基準法の賃金支払いの5原則や最低賃金法のルールを押さえましょう
  • 支給項目と控除項目を正確に計算する:特に残業代の割増率や固定残業代の運用には注意が必要です
  • 記録の保管と労基署対応を意識する:賃金台帳は3年間保管し、いつでも提示できるようにしておきましょう

給与計算に不安がある場合や、より専門的なアドバイスが必要な場合は、社会保険労務士などの専門家に相談することも有効な選択肢です。労務に関するご相談はSalt社会保険労務士法人までお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。

関連記事

カテゴリー
アーカイブ