最低賃金の引上げに伴い、人件費の増加に悩む中小企業経営者の方は多いのではないでしょうか。業務改善助成金は、生産性向上のための設備投資を行い、従業員の賃金を引き上げた事業主に対して、その費用の一部を助成する制度です。この記事では、業務改善助成金を活用した設備導入の考え方について、対象となる設備の要件から費用対効果の算出方法まで、実務経験に基づいて解説します。
業務改善助成金で対象となる設備投資とは
業務改善助成金では、すべての設備投資が対象になるわけではありません。厚生労働省のガイドラインに基づき、生産性向上に寄与する設備であることが求められます。ここでは、助成対象となる設備の要件と業種別の具体例を見ていきましょう。
助成対象となる設備の3つの要件
業務改善助成金の対象設備として認められるには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
- 生産性向上への寄与:設備導入により、労働時間の短縮や業務効率の改善が見込めること
- 事業場内での使用:申請事業場内で実際に使用される設備であること
- 経費の妥当性:購入金額が市場価格と比較して妥当な範囲であること
特に重要なのが生産性向上への寄与です。単に設備を購入するだけでなく、その設備によってどのように業務が効率化されるのか、労働時間がどれだけ削減されるのかを具体的に示す必要があります。例えば、POSレジシステムの導入であれば「レジ業務の時間が1日あたり2時間短縮される」といった数値的な根拠が求められます。
また、設備投資と併せて就業規則の改正により事業場内最低賃金を一定額以上引き上げることが助成の条件となります。厚生労働省の業務改善助成金パンフレットによると、令和6年度は事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額に応じて、30円から90円の引上げが必要とされています。
業種別の対象設備の具体例
業務改善助成金の対象設備は業種によって異なります。ここでは、相談事例の多い3つの業種について具体例をご紹介します。
飲食業の場合
- 自動食器洗浄機:皿洗い時間の削減
- 券売機・セルフオーダーシステム:注文受付業務の効率化
- 予約管理システム:電話対応時間の短縮
- 冷凍冷蔵庫の増設:仕込み作業の効率化
実際の事例として、A市内の居酒屋では自動食器洗浄機とセルフオーダーシステムを導入し、ホールスタッフの労働時間を1日あたり3時間削減することに成功しました。これにより、事業場内最低賃金を50円引き上げ、助成率9割で約180万円の助成を受給されています。
小売業の場合
- POSレジシステム:レジ業務の時間短縮
- 自動釣銭機:現金管理業務の効率化
- 在庫管理システム:棚卸し作業の省力化
- キャッシュレス決済端末:会計処理の迅速化
製造業の場合
- 梱包機械:梱包作業の自動化
- 検品システム:検査工程の効率化
- 運搬機器(フォークリフト等):運搬作業の省力化
- 空調設備:作業環境改善による生産性向上
B市の製造業の事例では、半自動梱包機を導入し、梱包作業時間を40%削減しました。これにより残業時間が月平均20時間削減され、その削減分を原資として事業場内最低賃金を60円引き上げることができました。助成率は8割で、約250万円の設備投資に対して200万円の助成を受給されています。
生産性向上につながる設備導入の考え方
設備を導入しても、実際に生産性が向上しなければ意味がありません。ここでは、生産性向上効果を数値化する方法と、費用対効果を正しく算出する方法について解説します。
時間短縮効果を数値化する方法
業務改善助成金の申請では、設備導入による労働時間の削減効果を具体的に示すことが重要です。時間短縮効果の数値化は、以下のステップで行います。
ステップ1:現状の作業時間を測定する
まず、設備導入前の作業時間を正確に測定します。例えば、レジ業務であれば1日あたりの平均レジ業務時間、食器洗浄であれば1回あたりの洗浄時間と1日の回数を記録します。この測定は最低でも1週間程度継続し、平均値を算出することが推奨されます。
ステップ2:設備導入後の予測時間を算出する
次に、設備メーカーのカタログや実演データをもとに、設備導入後の作業時間を予測します。ここで重要なのは、過度に楽観的な予測をしないことです。メーカーの公称値よりも10〜20%程度控えめに見積もることで、審査での信頼性が高まります。
ステップ3:削減率を計算する
削減率は以下の計算式で求めます。
削減率(%)=(現状の作業時間−導入後の作業時間)÷ 現状の作業時間 × 100
厚生労働省の審査では、一般的に20%以上の削減率が求められるケースが多いと言われています。ただし、業種や設備の種類によって基準は異なりますので、申請前に都道府県労働局に確認することをお勧めします。
実際の計算例:小売店でのPOSレジ導入
- 現状:手入力レジで1回あたり平均3分、1日100回のレジ業務=300分(5時間)
- 導入後:POSレジで1回あたり平均1.5分、1日100回=150分(2.5時間)
- 削減時間:5時間−2.5時間=2.5時間/日
- 削減率:(2.5÷5)×100=50%
この場合、月間では2.5時間×25日=62.5時間の削減となり、十分な生産性向上効果があると判断されます。
設備投資の費用対効果の算出
設備投資を行う際には、助成金を受給できたとしても、経営全体での費用対効果を検討する必要があります。費用対効果の算出方法を見ていきましょう。
投資回収期間の計算
投資回収期間は以下の式で求めます。
投資回収期間(年)=(設備投資額−助成金額)÷ 年間削減コスト
年間削減コストは、削減された労働時間に時給を掛けて算出します。
計算例:自動食器洗浄機の導入
- 設備投資額:200万円
- 助成金額:180万円(助成率90%の場合)
- 削減労働時間:3時間/日×300日=900時間/年
- 時給:1,000円
- 年間削減コスト:900時間×1,000円=90万円
- 投資回収期間:(200万円−180万円)÷90万円=0.22年(約2.6ヶ月)
この例では、自己負担分の20万円が約3ヶ月で回収できる計算になります。一般的に、投資回収期間が3年以内であれば、費用対効果が高いと判断されます。
賃金引上げ後の収支シミュレーション
業務改善助成金では、事業場内最低賃金の引上げが必須です。そのため、設備投資による削減コストと、賃金引上げによる増加コストの両方を考慮する必要があります。
- 年間削減コスト:90万円
- 賃金引上げによる年間増加コスト:50円×従業員10名×年間労働時間1,800時間=90万円
- 収支:90万円−90万円=±0円
この例では、削減コストと増加コストがちょうど相殺される形ですが、設備導入により従業員の労働環境が改善され、定着率の向上や採用力の強化といった副次的効果も期待できます。また、削減された時間を売上増加につながる業務に振り向けることで、さらなる収益改善も見込めます。
まとめ
業務改善助成金を活用した設備導入では、以下の3つのポイントが重要です。
- 生産性向上の証明:設備導入による労働時間削減効果を具体的な数値で示すことが助成金受給の鍵となります
- 適切な費用対効果の算出:投資回収期間を計算し、賃金引上げ後の収支も含めて総合的に判断することが大切です
- 事前相談の活用:申請前に都道府県労働局や社会保険労務士に相談することで、審査通過の可能性を高められます
業務改善助成金は、要件を満たせば受給可能な助成金ですが、申請書類の作成や生産性向上の証明には専門的な知識が必要です。設備投資をご検討の際は、ぜひ専門家にご相談ください。労務に関するご相談はSalt社会保険労務士法人までお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。