飲食店を経営されている方の中には、週末や繁忙期の人件費が膨らみ、予算管理に頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。通常の労働時間管理では、金曜日や土曜日に10時間働いてもらうと2時間分の残業代が発生し、平日の閑散期に労働時間を短くしてもその残業代は相殺できません。変形労働時間制は、このような飲食店特有の繁閑差に対応できる労働時間管理の仕組みです。この記事では、飲食店に変形労働時間制が向いている理由から具体的な導入手順、よくある失敗事例まで詳しく解説します。
飲食店が変形労働時間制を導入すべき2つの理由
変形労働時間制は、飲食店の業態特性と非常に相性の良い制度です。ここでは、導入することで得られる具体的なメリットを解説します。
繁閑差に合わせた労働時間配分で人件費を適正化
飲食店では曜日や時期によって売上が大きく変動します。通常の労働時間管理では1日8時間・週40時間を超えると残業代が発生しますが、変形労働時間制を導入すれば、繁忙日に長く働いてもらい、閑散日は短時間勤務にすることで、残業代を発生させずに労働時間を配分できます。
実際の導入事例では、都内の居酒屋チェーン(従業員30名)が1ヶ月単位の変形労働時間制を導入した結果、月間の残業代が約22万円削減されました。具体的には、金曜・土曜は10時間勤務、月曜・火曜は6時間勤務というシフトを組むことで、週平均40時間に収めることができたのです。
ただし、適切に運用するには労働基準法第32条の2(1ヶ月単位の変形労働時間制)に基づき、事前に労使協定を締結し、各日・各週の労働時間を特定しておく必要があります。
週末・イベント時の長時間勤務が残業扱いにならない
飲食店では忘年会シーズンや地域のイベント時に、どうしても長時間営業が必要になります。通常の労働時間管理では、こうした日に10時間や11時間働いてもらうと、2時間や3時間分の割増賃金が発生してしまいます。
変形労働時間制では、1ヶ月の平均労働時間が法定労働時間(週40時間)の範囲内であれば、特定の日に10時間働いても残業代は発生しません。例えば、12月の繁忙期に週末は11時間勤務、平日は6時間勤務とすることで、月間の総労働時間を法定範囲内に収めることができます。
ただし、変形期間を通じて平均週40時間を超えた分や、特定週で52時間(変形制の上限)を超えた分は、時間外労働として割増賃金の支払いが必要です。労働基準法施行規則第12条の2により、これらの条件は厳格に定められています。
飲食店で活用できる変形労働時間制の種類と選び方
変形労働時間制にはいくつかの種類があり、飲食店の規模や営業形態によって最適な制度が異なります。
1ヶ月単位の変形労働時間制が最も相性が良い理由
飲食店には1ヶ月単位の変形労働時間制が最も適しています。理由は以下の通りです。
- シフト制との親和性が高く、毎月のシフト作成時に労働時間を調整できる
- 繁忙期と閑散期が月内で完結することが多い(月末・月初、週末・平日など)
- 1年単位と比べて導入手続きが簡単で、労使協定の届出義務がない
- シフト変更への柔軟な対応が可能
例えば、月曜から木曜は1日7時間、金曜・土曜は1日10時間、日曜は休みというシフトを組めば、週平均で約40時間となり、法定労働時間の範囲内に収まります。このような柔軟な時間配分ができるのが1ヶ月単位の変形労働時間制の大きなメリットです。
1年単位の変形労働時間制は大規模店舗向き
1年単位の変形労働時間制は、季節による繁閑差が大きい大規模店舗やリゾート地の飲食店に適しています。労働基準法第32条の4に基づき、年間の労働日数や総労働時間をあらかじめ定めることで、夏季や冬季の繁忙期に長時間勤務を設定できます。
ただし、導入には以下の条件があり、小規模店舗には不向きなケースが多いです。
- 労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署への届出が必要(労働基準法施行規則第12条の6)
- 1日の労働時間の上限が10時間、1週間の上限が52時間と厳格に定められている
- 対象期間開始30日前までに各日の労働時間を特定する必要がある
- 従業員の予定が1年先まで確定しにくいシフト制との相性が悪い
多くの飲食店では、柔軟性の高い1ヶ月単位の変形労働時間制の方が実務に適していると言えます。
変形労働時間制導入の具体的な手順と必要書類
変形労働時間制を適切に導入するには、法律に基づいた手続きが必要です。ここでは実務の流れを解説します。
就業規則への記載と労使協定締結の流れ
1ヶ月単位の変形労働時間制を導入する場合、以下の5つのステップで進めます。
- 就業規則への規定追加: 変形労働時間制を採用する旨、対象期間(1ヶ月)、起算日(例:毎月1日)を明記します。常時10人以上の従業員がいる事業場では、就業規則の変更届を労働基準監督署に提出する必要があります。
- 労使協定の締結: 従業員の過半数代表者(または労働組合)と書面で協定を結びます。協定には対象労働者の範囲、対象期間、起算日、各日・各週の労働時間などを記載します。
- 労使協定の周知: 締結した労使協定を従業員が見やすい場所に掲示するか、書面で配布します。労働基準法第106条により、周知義務が定められています。
- シフト表の作成: 対象期間の開始前(できれば1週間前まで)に、各日の始業・終業時刻を記載したシフト表を作成し、従業員に周知します。
- 労働時間の記録: 実際の労働時間を適切に記録し、変形期間終了後に法定労働時間の総枠を超えていないか確認します。
なお、1ヶ月単位の変形労働時間制では、労使協定の労働基準監督署への届出は不要です(労働基準法第32条の2第1項)。ただし、就業規則の変更は必要ですので、常時10人以上の事業場では届出を忘れないようにしましょう。
シフト表作成時の実務上の注意点
変形労働時間制を適切に運用するには、法定労働時間の総枠を正しく計算する必要があります。1ヶ月単位の場合、以下の計算式で求めます。
法定労働時間の総枠 = 40時間 × 対象期間の暦日数 ÷ 7
例えば、31日の月であれば、40時間 × 31日 ÷ 7 = 約177.1時間が上限となります。シフト表を作成する際は、この総枠を超えないように各日の労働時間を配分します。
| 暦日数 | 法定労働時間の総枠 |
|---|---|
| 28日 | 160.0時間 |
| 29日 | 165.7時間 |
| 30日 | 171.4時間 |
| 31日 | 177.1時間 |
また、シフト変更が必要になった場合は、対象期間開始前であれば自由に変更できますが、開始後の変更は原則として認められません。やむを得ず変更する場合は、従業員の同意を得た上で、変更後も法定労働時間の総枠を超えないようにする必要があります。
飲食店の変形労働時間制でよくある失敗事例
変形労働時間制は適切に運用しないと、労働基準監督署から是正勧告を受けたり、未払い残業代が発生したりするリスクがあります。実際の失敗事例から学びましょう。
シフト変更のルールが不明確で労基署から是正勧告
東京都内の飲食店で、労働基準監督署の調査により是正勧告を受けた事例があります。この店舗では1ヶ月単位の変形労働時間制を導入していましたが、対象期間開始後に頻繁にシフト変更を行っており、変更後の労働時間が法定労働時間の総枠を超えていることが判明しました。
具体的な違反内容は以下の通りです。
- 対象期間開始後のシフト変更について、従業員の同意を得ていなかった
- 変更後の労働時間の合計が法定労働時間の総枠を超えていたが、残業代を支払っていなかった
- 就業規則にシフト変更時のルールが記載されていなかった
労働基準監督署からは、「対象期間開始後のシフト変更は原則として認められない。やむを得ず変更する場合は、従業員の同意を得て、法定労働時間の総枠を超えないようにすること」との指導がありました。
この事例から学ぶべきポイントは、シフトはできるだけ対象期間開始前に確定させること、そして就業規則にシフト変更時のルールを明記しておくことの重要性です。
休日の取り扱いを誤り未払い残業代が発生
変形労働時間制を導入していても、法定休日の労働には35%以上の割増賃金が必要です(労働基準法第37条第1項)。この点を誤解して、法定休日に出勤させても通常の賃金しか支払っていなかったケースがあります。
例えば、日曜日を法定休日と定めている飲食店で、繁忙期に日曜日も出勤してもらった場合、その日の労働時間に対しては35%以上の割増賃金を支払う必要があります。変形労働時間制を導入していても、法定休日の割増賃金義務は変わりません。
また、週1日または4週4日の法定休日を確保できていない場合も、労働基準法違反となります。シフト作成時には、各週に最低1日の休日が確保されているか、必ず確認するようにしましょう。
まとめ
この記事では、飲食店における変形労働時間制の導入について解説しました。重要なポイントは以下の3つです。
- 繁閑差に対応できる: 週末や繁忙期に長時間勤務を設定し、平日は短時間にすることで、残業代を発生させずに労働時間を配分できます。適切に運用すれば月間20万円以上の人件費削減も可能です。
- 1ヶ月単位が最適: 飲食店のシフト制には1ヶ月単位の変形労働時間制が最も相性が良く、届出義務もないため導入しやすい制度です。
- 適切な手続きが必須: 就業規則への記載、労使協定の締結、法定労働時間の総枠計算など、労働基準法に基づいた適切な手続きと運用が必要です。シフト変更や休日の取り扱いを誤ると、労基署から是正勧告を受けるリスクがあります。
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