「就業規則は一度作ったらそのままで大丈夫」と考えていませんか。実は就業規則を見直さずに放置すると、知らないうちに法令違反の状態になっていたり、労務トラブルが発生した際に会社を守れなかったりするリスクがあります。
労働基準法では、常時10人以上の従業員を雇用する事業場に就業規則の作成と届出を義務付けていますが、作成後の見直しについても適切に行うことが求められます。この記事では、就業規則の見直しが必要となる具体的なタイミングと、実務で失敗しないための手順について解説します。
就業規則の見直しが必要な6つのタイミング
就業規則の見直しは、会社の状況や法律の変化に応じて定期的に行う必要があります。ここでは、特に見直しが推奨される6つのタイミングについて説明します。
法改正があったとき
労働関連法令は頻繁に改正されるため、法改正があった際には就業規則の見直しが必要です。特に近年では以下のような重要な法改正が行われました。
- 育児・介護休業法の改正:2022年4月から段階的に施行され、男性の育児休業取得促進などが義務化されました
- パワーハラスメント防止措置の義務化:2020年6月から大企業、2022年4月から中小企業にも適用されています
- 同一労働同一賃金:2020年4月から大企業、2021年4月から中小企業に適用され、正社員と非正規社員の待遇差の説明が求められるようになりました
これらの法改正に対応していない就業規則は、労働基準法第89条に違反する可能性があり、労働基準監督署から是正勧告を受けるケースも少なくありません。厚生労働省の公式サイトでは最新の法改正情報が公開されていますので、定期的にチェックすることが推奨されます。
従業員数の増加・事業拡大時
会社の規模が変化したときも、就業規則の見直しが必要なタイミングです。特に従業員数が10名未満から10名以上になった場合、労働基準法により就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられます。
また、事業拡大に伴い新しい職種や部署が増えた場合、それまでの就業規則では対応しきれない状況が生まれます。営業職やエンジニア職など職種ごとの特性に応じた規定を設ける必要が出てくることもあります。
労務トラブルが発生したとき
従業員とのトラブルが発生した際、就業規則の規定が曖昧だったために問題が拡大するケースがあります。当事務所での相談事例として、勤務態度に問題のある従業員への対応について相談を受けた際、就業規則に懲戒処分の基準が明確に記載されていなかったため、適切な対応が取れず退職勧奨もできない状況に陥った企業がありました。
このようなトラブルを機に、以下の点を見直すことが推奨されます。
- 懲戒処分の種類と事由の明確化
- ハラスメント防止規定の整備
- 服務規律の具体化
- 解雇や退職に関する手続きの明文化
働き方の変化があったとき
新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークやフレックスタイム制など、働き方の多様化が進んでいます。こうした新しい働き方を導入する際には、就業規則への反映が必要です。
テレワーク規定では、以下のような事項を定めることが重要です。
- 対象となる業務と従業員の範囲
- 労働時間の管理方法
- 通信費や光熱費などの費用負担
- セキュリティに関するルール
- 労災の取り扱い
厚生労働省の「テレワークモデル就業規則」なども参考にしながら、自社に合った規定を作成することが推奨されます。
助成金を活用する予定があるとき
国や自治体の助成金を申請する際、就業規則に特定の規定が含まれていることが要件となるケースがあります。たとえば、キャリアアップ助成金や両立支援等助成金などでは、就業規則への記載が申請の前提条件です。
助成金の活用を検討している場合は、申請前に就業規則の内容を確認し、必要な規定を追加しておくことが重要です。ただし、助成金受給のためだけに形式的な規定を設けるのではなく、実際の運用を想定した内容にすることが大切です。
3年以上見直していないとき
特に大きな変化がなくても、3年以上就業規則の見直しをしていない場合は、一度内容を点検することが推奨されます。法令は頻繁に改正されており、知らないうちに古い規定のままになっている可能性があります。
当事務所に相談があった事例では、10年間就業規則の見直しをしていなかった飲食店が労働基準監督署の調査を受け、育児・介護休業法や年次有給休暇の時効延長(2020年4月施行)などの法改正に対応していないことを指摘され、是正勧告を受けたケースがありました。定期的な見直しは、こうしたリスクを避けるために重要です。
就業規則見直しの実務手順【5ステップ】
就業規則の見直しを適切に進めるためには、法的な手続きを正しく理解し、段階的に進めることが大切です。ここでは、実務で失敗しないための5つのステップを解説します。
現行規則と法令の照合
まず、現在の就業規則が最新の法令に適合しているかを確認します。労働基準法第89条では、就業規則に必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)が定められています。
チェックすべき主な項目は以下の通りです。
- 始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇
- 賃金の決定、計算・支払方法、締切日・支払日
- 退職に関する事項(解雇事由を含む)
- 育児・介護休業に関する規定
- ハラスメント防止措置に関する規定
これらの項目が欠けていたり、法改正に対応していない場合は修正が必要です。
変更内容の検討と作成
法令との照合結果をもとに、具体的な変更内容を検討します。この際、不利益変更にあたるかどうかの判断が特に重要です。
不利益変更とは、従業員にとって労働条件が不利になる変更のことで、たとえば以下のようなケースが該当します。
- 賃金や賞与の減額
- 休日や休暇の日数減少
- 退職金制度の廃止や減額
不利益変更を行う場合は、原則として従業員の個別同意が必要です。ただし、変更内容に合理性があり、従業員への周知が適切に行われている場合など、一定の条件下では例外的に認められることもあります(労働契約法第10条)。専門家に相談しながら慎重に進めることが推奨されます。
従業員代表の意見聴取
就業規則の変更には、労働者代表の意見を聴くことが労働基準法第90条で義務付けられています。労働者代表は以下のいずれかの方法で選出します。
- 労働組合がある場合:労働組合の代表者
- 労働組合がない場合:従業員の過半数を代表する者を民主的な方法(挙手、投票など)で選出
意見聴取は「同意」ではなく「意見を聴く」ことが求められており、反対意見があっても就業規則の変更自体は可能です。ただし、従業員の理解を得るための丁寧な説明が重要です。意見聴取の記録は、後日のトラブル防止のために書面で残しておくことが推奨されます。
労働基準監督署への届出
常時10人以上の従業員を雇用している事業場では、就業規則を変更した場合、労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第89条)。
届出に必要な書類は以下の通りです。
- 就業規則変更届(様式は労働基準監督署またはウェブサイトで入手可能)
- 変更後の就業規則(2部:1部は監督署保管用、1部は受領印押印後に返却)
- 労働者代表の意見書
届出の期限について法律上の明確な規定はありませんが、変更後速やかに届け出ることが求められます。遅延すると指導の対象となる可能性がありますので、変更後1ヶ月以内を目安に届け出ることが推奨されます。
従業員への周知
就業規則の変更内容は、全従業員に周知することが労働基準法第106条で義務付けられています。周知が不十分な場合、就業規則の効力が認められない可能性もあります。
適切な周知方法には以下のようなものがあります。
- 各職場の見やすい場所への掲示
- 従業員全員への書面配布
- 社内イントラネットでの公開
- いつでも閲覧できる場所への備え付け
特に不利益変更を含む場合は、変更理由や内容について説明会を開催するなど、丁寧なコミュニケーションを取ることが重要です。周知した記録(配布リストや説明会の議事録など)も保管しておくことが推奨されます。
見直し時によくある失敗パターンと対策
就業規則の見直しでは、法的な手続きを誤るとトラブルに発展するケースがあります。ここでは、実務でよく見られる失敗パターンとその対策を紹介します。
不利益変更で同意を得ていない
賃金や休暇など従業員にとって不利益となる変更を、適切な手続きなしに行ってしまうケースです。不利益変更は原則として従業員の個別同意が必要であり、同意なしに一方的に変更すると、労働契約法違反となる可能性があります。
当事務所への相談事例では、退職金制度を廃止する際に従業員への説明や同意取得を行わず、後日従業員から「退職金規定に基づいて支払ってほしい」と請求され、結局旧規定に基づいて支払わざるを得なくなった企業がありました。
対策として、不利益変更を行う場合は以下のステップを踏むことが推奨されます。
- 変更の必要性と合理性を明確にする
- 従業員への丁寧な説明と十分な協議期間を設ける
- 可能な限り個別同意を取得する
- 経過措置や代償措置を検討する
届出義務を怠っている
就業規則を変更したにもかかわらず、労働基準監督署への届出を忘れてしまうケースも少なくありません。労働基準法第120条では、届出義務違反に対して30万円以下の罰金が定められています。
実際に罰金が科されるケースは少ないものの、労働基準監督署の調査時に未届が発覚すると是正勧告の対象となります。また、届出をしていない就業規則は法的効力が認められない可能性もあるため、労務トラブル時に会社を守ることができません。
対策として、以下の点に注意することが重要です。
- 就業規則変更後は速やかに届出を行う(目安:1ヶ月以内)
- 届出書類一式をチェックリストで管理する
- 受領印が押された控えを必ず保管する
- 定期的に就業規則の内容と届出状況を確認する
まとめ
就業規則の見直しを怠ると、法令違反による是正勧告や労務トラブルのリスクが高まります。特に法改正時、従業員数の変化時、労務トラブル発生時などは、早めの対応が重要です。
見直しの際には、以下の3点が特に重要です。
- 法令適合性の確認:最新の労働関連法令に対応しているか定期的にチェックする
- 適切な手続きの遵守:従業員代表の意見聴取や労働基準監督署への届出を確実に行う
- 従業員への丁寧な周知:特に不利益変更の際は十分な説明とコミュニケーションを取る
就業規則の見直しや作成でお困りの際は、専門家のサポートを受けることで適切な対応が可能です。Salt社会保険労務士法人では、労務に関する無料相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。